誉田駅橋上化あとがき 千葉市議会議員 みす和夫 公式ホームページ

千葉市緑区を考える
みす和夫
 千葉市緑区に関連する情報・歴史・文化などを広く取り上げることにより、千葉市民ならびに支援者の皆様のお役に立てればと思っています。
 皆様からのご支援を賜れれば幸いです。
プロフィール
これまでの実績
誉田駅橋上化までの歩み
はじめに-
外房線と誉田駅の生い立ち-
市議会での記録平成7年〜平成11年-
市議会での記録平成12年〜平成17年-
着工から完成まで-
あとがき
新しい誉田駅橋上駅舎の完成を祝うことができましたことは誠に喜ばしい限りです。微力ながらこの事業に携わり側面から支援させていただいた私にとっても、誉田駅橋上駅舎の完成は感極まるものがあります。

私の議会人生11年間は誉田駅橋上化と駅周辺整備との戦いでもありました。平成7年緑区選出市議会議員として初当選以来、先人達が成し遂げることのできなかった誉田駅橋上化に向けて、幾度となく市議会で訴え続けてまいりましたが、その都度、千葉市より「駅橋上化は無理、駅周辺の区画整理をやり駅を作るしかない」との答弁でした。土気、鎌取、浜野の各駅も区画整理を行い新しい橋上駅舎が出来たのに、千葉市には予算がないという理由で話題にも取り上げてもらえませんでした。地元の意見としても誉田駅は「区画整理も難しい」ということで、駅橋上化は無理なのかと思う辛い時期もありました。

 誉田の両隣である鎌取駅と土気駅は区画整理により、新駅舎を中心に近代的な街として生まれ変わったにもかかわらず、昔から一番乗降客の多かった誉田駅周辺だけが、唯一市内で取り残される状態となってしまいました。こうした状況のなか、皆様の橋上化への熱い思いと、バックアップを背に、私も必ず実現するんだとの強い信念をもって、辛抱強く議会で要請を続けてきた結果、市当局より「2メートル幅員の南北自由道路の建設」という、一歩進んだ答弁を引き出しましたが、誉田のまちの将来を考えると、南北自由通路を通しただけでは発展はないと考え、新しい橋上化駅に南北自由通路を取り付け、併せて駅周辺の新しい街づくりを同時に行う回答を得るまでは一歩たりとも譲ることはできませんでした。

 駅の橋上化・駅前広場・周辺道路整備など、この事業には200億円もの莫大な予算の確保が必要となり、問題を解決するため市議会だけでなく国を動かさなくてはと考え、衆議院議員の臼井先生、地元緑区選出の衆議院議員松野先生にお願いし協力を頂き、また地元の関係者と国の関係省庁に幾度となく通い続け、ようやく補助金が交付される「街づくり総合支援事業」という窓口の設置にこぎつける事ができました。

 平成11年3月3日の千葉市議会第一回定例会において、約半世紀にわたり地区住民の皆様の悲願でありました誉田駅の橋上化整備が40パーセントの国の補助を受け、松井市長(当時)より「ゴーサイン」の歴史的な回答がなされました。

 その後、平成16年10月に待望の橋上化工事が始まり、18年3月22日に幅員7.5メートルの南北自由通路と共に、高齢者や障害者の方々にも十分な配慮のなされたエスカレータ、エレベーターを備えた利用者の快適性を重視したデザインの立派な駅舎がオープンとなりました。

 幾多の困難を乗り越え、誉田のまちも新たなスタートを切りましたが駅舎の完成が全てではなく、今年から北口駅前広場の仕上げ作業と駅周辺幹線道路整備、誉田駅前線の都市計画決定をし25メートル幅員の道路整備の事前調査を行い、来年より南口駅前広場の整備も始まり、さらに塩田町〜本多町線については、用地買収が本年度予算に盛り込まれております。

 これからは誉田駅を中心とした周辺の街づくりが、一歩一歩目に見えて形になってくると思います。皆さんと一緒に誉田のまちを考え、愛し、後世に誇れる街づくりに努力してまいります。   最後に、市議会を通して皆様のご意見・要望が一層反映され、誉田のまち、緑区に住んで本当に良かったと思われるような安全で住み良い街の実現のため、微力ではありますが誠心誠意努力してまいりますので、皆様方の変わらぬご支援、ご協力のほどをお願い申し上げます。

平成18年6月22日

 三須和夫
はじめに-
外房線と誉田駅の生い立ち-
市議会での記録平成7年〜平成11年-
市議会での記録平成12年〜平成17年-
着工から完成まで-
あとがき